奥深き福利厚生

  私が社会に入ったのは1980年代の後半ですが、その頃は社員の一体感を高めることを主たる目的とした社員旅行や運動会、夏祭りなどのイベント、はたまた家族手当や住宅手当等、社員のプライベートの状況に応じた属人的な手当(報酬)のような様々な福利厚生制度が多くの会社で積極的に取り入れられていたように思います。
 とはいえ私はまだ人事に関する認識が浅かったこともあり、このような福利厚生領域は採用や育成、評価や報酬、労務関連など他の人事機能と比すと、どちらかといえば優先順位が低いものとして捉えていました。個人的には、イベント系は大学のサークルの延長線上のように感じてしまったこと、また人事を取り巻く環境的には成果やコンピテンシー重視、そして多様性の時代へシフトしていくとの想定もあり、属人的な性質の福利厚生にあまり興味が持てなかったのが正直なところでした。それで福利厚生は今で言えばベネフィットワンさんなどにアウトソーシングする領域、つまり社内で付加価値を出すべき業務の範疇には入らないと考えていたのです。
 ところがある時、自らに降りかかった案件を機に、私は福利厚生の存在の大きさについて、深く考えさせられることになるのでした。
 私が福利厚生の奥深さ(ある種の怖さ・・)を身をもって体験したのは、ソニー時代に会社保証の住宅ローンを利用し、30歳手前で身の丈にあわない新築マンション(3LDK)を購入したことがきっかけでした。当時の私は独身で、ことさらそのような広い家に住む必要はなかったのですが、せっかく会社に素晴らしい制度があるのだから利用しない手はないと購入を決めたのです。おかげでその後の数年間はなんとも快適な暮らし(昔風に言えばまさに独身貴族でした・・)を味わえ、何度も家を買ってよかった、そして恵まれた会社の制度にあらためて感謝したものでした。
 その後、私も30代となり、ご多分にもれず自身の将来のキャリアについていろいろと思いを巡らせます。人事の道で生きて行くと決めたのもこの頃ですが、そのキャリアを実現するため転職を1つの選択肢として考え始めたのでした。まさにその時です、ふと住宅ローンの扱いが気になったのです。慌ててこれまではきちんと目を通したこともなかったローン要領を確認したところ、やはりです・・、不安は的中、退職時には借入金は一括返済との記述があったのでした。
 当然にすぐに返済できる貯金があるはずはありません。この瞬間、いともあっさりとキャリア形成における転職の選択肢が消え去ったのです。「ああ、自分は安易に会社の制度を利用してしまったがゆえに、自らのキャリアの選択権を失ってしまった」と私は大きな喪失感を覚えたのでした。
 21世期の現在(令和)と20世紀(昭和)では時代背景も異なるのでしょうが、20世紀においてはほとんどの会社で終身雇用前提の仕組みが形成されており、恥ずかしながら実は私の考えの及ばないところで福利厚生は重要な役割を担っていたのでした。そもそも終身雇用の世界では離職は望ましくないことであり、会社の至るところに離職を回避し、できるだけ長く会社に居続ける、そんな仕掛けがあちこちに散りばめられていたのです。当時、よく先輩や上司からも早く家を買った方がよいと諭されたものですが、これは制度のみならず社員の内面、意識に至るまで会社に長く居ることをよしとする価値観が浸透していたことの証左でしょう。そのような潮流に見事に自身も組み込まれてしまった事に、まわりに流されず生きることを信条としていた私としては、ある種の虚しさを感じざるを得ませんでした。そして止むを得ず数年の間、転職の思いは封印せざるを得なかったのです。
 しかし私は30代後半、諦めきれずに転職を決意しました。やはり人事のプロになるという目標に至るには転職が必要と判断したのです。ローン問題については、解決のため家の買い替えを行いました。その際、会社ローンは返済、新たな家の購入に際しては一般の銀行で借り入れすることで転職できる環境を整えたのです。当時、バブル経済が弾けた後の買い替えでしたので、金銭的に大きな損失を被りましたが、なんとしても自身のキャリアの選択権を取り戻すべく意を決した次第です。
 上記のように私は安易に会社の福利厚生制度を利用したことで、結果的に大きな経済的損失と時間をロスすること、所謂高い授業料を払う事になったのでした。もちろんソニーに居続けることを選択していれば、何の問題もなかったのでしょう。当たり前のことですが、会社の制度とはその会社に居続ける社員のためにつくられていることを、このとき私は身をもって体感したのでした。
 本件は私自身の稚拙な例示ですが、昨今の各社の取組みを見ていると、今も昔も変わらず福利厚生は、単なる制度固有の課題解決にとどまらず、社員の価値観や社風の醸成、組織の一体感強化ひいては企業の競争力を大きく左右する存在となっているとひしひしと感じます。
 そして何より人事の道で生きる者としては、福利厚生の及ぼす影響度の大きさを再認識するとともに、今後、自らが制度の設計や運用を行う際は、短期的な課題解決にとどまらず中長期的な視点を持った上で最適な福利厚生のあり方を考えるべきと意を強くしています。これからの時代に、もはや終身雇用的な考え方は大半の会社でマッチしないでしょう。福利厚生の中で長きにわたり存続してきた、まさに終身雇用的なものの見直しは当然として、自社の環境にマッチした新たな福利厚生のあり方を新たに創りだすことが求められていることを痛感することしきりです。
 昨今のベンチャー企業などは、コミュニケーションの円滑化や一体感の醸成をはかるべく、部門横断的な食事の機会(シャッフルランチなど)、社食の無料化、アルコールフリー(就業時間後)、昼寝の場所の提供などなど、ユニークな福利厚生施策を積極的に講じておりいつも感心させられます。これらはGAFAなどの施策をベンチマークしたものも多々あるでしょうし、ひいてはその昔、日系企業で取り入れられ近年廃止されるに至った制度と同様のコンセプトのものもあるように感じます。おそらく歴史を紐解けば、このような制度は創っては壊す、いわゆるスクラップアンドビルドが繰り返されてきたのでしょう。
 その意味で福利厚生に限らず、人事としては世の中の流行り廃りに左右されることなく、きちんと社の環境にマッチした施策を見定めていくべきですし、更にはその功罪にまで想いを致し、短期的な取り組みとするのか、それとも中長期的に継続すべきかを判断しなければならないでしょう。その昔、ベネッセに在籍していた頃、社長の福武さんが「不易と流行」が肝要と常々おっしゃっていたことが思い出されます。福利厚生の奥深さに思いを致す今「不易と流行」を本質的に理解し実践することの必要性を痛感するとともに、何より経営者が時として語るメッセージの深淵なる叡智にあらためて感銘を覚える今日この頃です。

成長ステージ(創業期~成長期)に応じたバックオフィスの組織づくり

今回は企業のバックオフィスに関して、成長ステージ(創業期~成長期)に応じた組織体制やオペレーション上の留意点について、私がかつて複数の企業を人事として渡り歩く中で経験してきたポイントについてコメントしたいと思います。フロントサイド(事業側)の組織には、その事業固有の要件があり各社で目指す方向性が異なりますが、バックオフィスに関しては概ね共通項で括れる部分が多く、それらを社員数を軸に組織体制(人員配置)、人材要件、業務(インフラ)の観点で整理してみます。

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人事と政治性

 これまで自身が人事の責任者として、多くの経営者や幹部層と仕事をともにしていくなか、組織を動かすためには「政治性」をいかにうまくマネジメントするかがとても重要であることを実感してきました。特に企業規模が大きくなればなるほど人と組織の複雑性が増し、その傾向はさらに強まるようです。元来、人事業務を遂行する上では「合理性」「情緒性」「政治性」、この3つをいかにバランスさせるかが肝要ですが、「政治性」に関しては特に職責が上がるにつれそのウェイトが飛躍的に大きくなるとの感覚を強くもっています。

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人事は社内マーケティング?

人事は社内マーケティングである。よく耳にする考え方であり、確かに社員を顧客と見たてればマーケティングと思えることは多々あります。実はその昔、私も一理あると自らもそのように語っていた時期がありました。ただ最近はその似て非なる部分について、きちんと意識しておかないと、マーケティング的な視点でよかれと思った取組みが、実は想定外に人や組織にネガティブな影響を与える、もしくはダメージの蓄積をもたらすことがあると慎重に考えるようになってきました。

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学生時代の経験を社会で活かす

 永年、新卒採用を担当していると、学生の皆さんがもっと自らの人生経験を仕事のイメージと紐づけて語って欲しい、と思うことがよくあります。エンジニアなど特定の専門領域を除いては、それを語ることができる学生は非常に少数派ではないでしょうか。実は幼少期を含めた20年余りの経験値は学生の皆さんが思うよりもずっと社会で活きるものなのです。にもかかわらず巷の就職情報をもとに付け焼き刃で慣れない受け答えに終始してしまう姿を見ていると、とても残念に思います。もっと自然に過去に積み重ねてきた経験を語ってほしい、いつもそう感じてしまいます。とはいえかくいう私も若かりし頃は学生時代の学びと社会で必要とされる知見や能力は当然、別物と考えていたのですが・・。

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人事にとっての「戦略」と「セオリー」

 

今回は「戦略」とは何ぞや、といった一般的なお話しするものではなく、昨今、人事戦略という言葉を人事の方々が日常的に語られる中、私が感じていることをコメントさせていただきたく思います。

私は以前、リクルートさんが主宰される人事中堅担当者向けの講座で1コマお話しさせて頂いたことがあります。参加者の方々は非常に有名な企業に所属されている次代を担う優秀な方ばかりでした。私は出席者の皆さんのことをよく理解したうえで講座に臨もうと、事前に自社の事業戦略と人事戦略を提出してもらうようお願いしました。提出された事業戦略は各社の特徴がよく現れておりとても興味深いものでしたが、一方で人事戦略については驚くほどに似通っており、正直、一見しただけでは各社の違いがよく見えてきませんでした。講座の当日、出席者の方々に社名をマスクし、提出いただいた人事戦略についていずれの会社のものか、問いかけてみたところ、ほとんど正解は得られませんでした。。

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「自律」へのアプローチ

自らを律することは、社会、組織で生きていくうえでとても大切なことですが、とても奥深く残念ながらまだシンプルに本質的な定義ができるには至りません。突き詰めると非常に哲学的になり過ぎてしまうでしょうし、短絡的に考えれば机上の空論になってしまう気がします。今の私に実践的かつ的を射た表現をするインテリジェンスはないのですが、一方で社会人として長く会社という組織で働く過程で自分なりに自律を目指し若い頃から意識してきたことがありますので、今回はそれをご紹介したいと思います。

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人事が創る採用力

採用は人事にとってとても重要な領域ですが、昨今、リクルートさんのように採用をビジネスとして手掛ける会社が増えてきたこともあり、人事で採用に携わる人のアプローチが、最初からどこのエージェントさんにお願いするのか、どこに提案をしてもらうか、というところからスタートするのが当たり前になってしまっているようで気になります。本来はまずは自ら自社に必要な人を見定め、採用マーケットの状況を鑑みた上であるべき採用について考えるものだからです。ただこう言ってしまうと今度は人材要件をきちんと定めましょう、基準(コンピテンシー)やペルソナを設定しなくては、、といった話になってしまいます。もちろん正しいのですが、いきなりそのステップに入るのは私としては何か少し本質から外れているように感じられてしまうのです。

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人事のプロは「経営のメカニズム」を熟知する

経営に貢献する人事を目指すうえで、認識しておくべき要素の1つに「会社のメカニズム」があります。言うまでもなく会社とは社長や社員が個々に独立して動くのではなく、一定のルールや役割に則り組織をなして動くものですし、また組織の規模が大きくなればなるほどその仕組みはより複雑なものへと変化していきます。人事としても様々なアクションを具現化するため、適切なタイミングで適切な人や組織のコンセンサスを得ながら物事を進めていかなければなりません。

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「コンフリクトのマネジメント」

「人事はコンフリクトのマネジメントを意識すべき」、この言葉はベネッセ時代、当時の社長からいただいたものです。ちょうど会社が経営変革を目指し様々な取り組みを行う中、当時人事部長であった私の至らなさゆえのお叱りの言葉でした。この言葉を耳にしたとき、私は従来の価値観を根底からくつがえされるほどのインパクトを受けました。といいますのも、それまで人事という立場は誰とでもうまくやっていかなくてはならない、よって対人関係のスタンスとして、コンフリクトを回避する、ということが私の行動の起点になっていたからです。

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