「熱き心」と「論理性」

「熱き心」と「論理性」は、著名な経営者三枝匡氏が提唱する経営人材の要諦ですが、個人的にはこれほど経営リーダーに必要な要素を端的に示したものはないと思っています。三枝氏が率いたミスミでは幹部社員を中心に三枝氏直々に指南する経営塾への参加が必須となっていましたが、そのプログラムは幾多のリーダー研修とは一線を画し非常に奥が深くかつきわめて実践的なもので、このプログラムに魅力を感じミスミに入社される方も多々いらっしゃるほどでした。その内容そのものについては、三枝氏の著書「V字回復の経営」や「戦略プロフェッショナル」、その他ハーバードビジネスへの寄稿記事など多くの書籍やメディアに取り上げられておりますので、ぜひそちらをご覧いただきたいと思います。

このフレームワークは例えビジネス経験があまりない方(学生含む)であってもその考え方が伝わりやすい点が素晴らしいのですが、一方でビジネスパーソンにとっては普遍的に大切であるにも関わらず、かえってあたり前すぎるのでしょうか、特に経験ある方ほど歳を重ねるごとに意識することが少なくなっていたり、もしくはそもそもあまり本質的に考えず表層的に受け入れてしまっていることのように感じます。だからこそ三枝氏が経営リーダー必須の要件として、社内外に向け何度も繰り返しその重要性を謳い徹底されようとしていらっしゃるのかもしれません。このプログラムに参加し非常に刺激を受け、時には三枝ファンになってしまわれる幹部クラスの方々が絶えないのも、そのような事情を反映してのことでしょう。

さて私は人事としていくつもの会社において評価やプロモーションのプロセスに幾度となく関わってきていますが、いずれの会社も独自に人材要件、コンピテンシー等の基準は定めているものの、最終的には評価される方、活躍されている方は、概ね論理性で勝負するタイプと対人面での強みを活かすタイプの2つに集約されていくように思います。これ自体は自然なことのように感じますがで、私がいつも気にしているのは課長クラスまでであれば、いずれか一方の強みをベースにパフォーマンスを発揮することが可能ですが、経営リーダーとなる部長クラス以上ともなると、双方が一定レベル以上でバランスしていないと、その役割や職責に見合った活躍や貢献を期待することは厳しくなるということです。もしバランスのとれていない人を要職にアサインしてしまうと、短期的にはよい時もあるでしょうが、長い目で見ると組織に何らからのしわ寄せがでてしまうリスクがある、私自身は経験からそのように感じる次第です。(もちろん最適な人が潤沢にいるケースはほとんどないので、やむを得ずアサインすることは多々あります。。)

その意味で経営リーダーは「熱き心」と「論理性」その双方が高度にバランスされていないと、その役割や職責は担えないということが本質であり、三枝氏のフレームワークはその2つの要素が並列してフラットに語られていることが非常に素晴らしいと思います。また特に対人面について、あえて「熱き心」と定義されたところが非常に秀逸で、その言葉に本質的な深い意味が込められていると感じています。

「論理性」については、ロジカルシンキングをはじめ各種のフレームワークを通じその意味合い、重要性が多々巷で論じられていますので、私のような者があらためて語ることに意味がないでしょうが、一方で対人面は三枝氏が意図的に「熱き心」と表現されていらしゃることもあり、少し意味を読み解く必要があると思いますので、僭越ながら少しコメントを述べさせていただきます。

まずこのことで頭に思い浮かぶことは、三枝氏がよくリーダーには「腕力」が必要とおっしゃっていたことです。私なりの理解としては、経営においては戦略など論理的な部分をベースに考え事を進めるのが基本ですが、一方で論理性のみでは特に厳しい事態を乗り越えたり、新しいチャレンジを推し進めることには限界があるでしょう。そもそも論理性にはある種の怖さも同居している気がします。それは時に局面局面での適切な判断や本質を外したこと、また時にマインド的に逃げに通じるようなことをも正当化する力があるということです。それらをしっかり認識しておかないと、いかにロジカルなことでも、実はとんでもない方向に組織を導いてしまうリスクがあると考えます。論理性のもつ功罪を理解し、乗り越えるために「腕力」が必要になると私は解釈していました。

また会社内では時にリーダーに対して、あの人は口先だけ、との批判が出るケースがよくあります。おそらく口では論理的でとても立派なことを語っていても、実行には至らないことを揶揄したものでしょうが、まさに論理を実践に至らしめることの難しさを物語っています。私自身も悲しいかな、これまで何度となくそのような批判を受けてしまったことがあり、どうしたら・・と思い悩んでいた折、朱子学で「知行合一」という概念があることを知りました。これを知った時は、まさに本質をついていると手を打ったものです。リーダーたるもの、この意味するところをあらためて深く認識し「知っていても行わなければ意味がない、そもそも行わなければ知っているとは言えない」と肝に命じる必要がある、と感ずる今日この頃です。

加えてもう1つ私の個人的な観点を示させて頂きます。それは若かりし頃に頭に浮かんだ「いい人が会社をだめにしてしまう(リスクがある)」とのやや極端な仮説です。これは当時、誰からも好かれた上司が、至極まっとうに改善すべき、変えるべきと意見する社員に対し、いつも肩をたたきながら”まあまあ”となだめ、あとで飲みに行こうと誘っている光景が目に焼き付いており、このようなときは決まって後に何の変化も起こらないことを何度となく経験したからでした。いい人なので物申すことが憚られるとの周りの声を耳にしたこともあります。これで会社や組織はよくなるのだろうか、と一担当者に過ぎない時代でしたが自問自答したものでした。メンバーを丁寧にフォローする姿勢はとても大切で見習うべきことですが、一方でリーダーは現実を直視し、変えるべきことは変え、またできないことはできないと、明確にメンバーへ伝える責任があると思います。「いい人」であることを活用し、事なかれ的に物事を進めること、(もちろん時と場合によりますが)何よりそのやり方にいつも頼ってしまうことは、私はできる限り回避すべきことと考えます。

上述の通りリーダーには、正しきことを追及する、実行する、逃げない、人に嫌われることや組織に波紋を呼ぶことを厭わぬ、等々の行動、姿勢が求められると思いますが、実践ははかりきれないほど難しく、多少意識する程度では到底及びません。だからこそリーダーには拠って立つ心のよりどころが必要なのでしょう。組織の将来を背負い、ひいては会社だけでなく世の中に貢献しようとの強い強い想い(理念、信念、野心)が・・。私なりにはそれらの源泉が「熱き心」に違いないと認識しています。ご一緒させていただいた経営者の方々は三枝氏をはじめ皆さん、ここぞという時には、必ずと言っていいほど、とてつもなく真剣な面持ち(時に鬼の形相)で、理屈はいいからとにかくこれをやろう、細かいことは言わなくてよい、など論理を超越させ「熱き心」をもって個々に語りかけ、皆の納得感を担保しつつ組織をドライブしていらっしゃいました。

ぜひこれからリーダーを目指す方々には、「熱き心」と「論理性」の大切さを念頭に、自身の強み弱みをきちんと把握し、強みは強みとして伸ばしつつも、弱みもそれから目を背けることなく直視し、できる限りボトムアップさせ、常に高いレベルで双方をバランスさせる意識をもって頂きたいと思います。私も人事の立場として様々な施策展開に活かしていくことはもちろんですが、リーダーの端くれとしてご一緒した経営者の方々の次元に少しでも近づけるよう、そしてリーダーとしてあるべき行いが実践できるよう「熱き心」と「論理性」を念頭に日々研鑽していく所存です。

<余談>リーダーは、そのクラス、レベルに応じ求められるものが変化しますが、そのステップをとてもよく表したフレームワークに「リーダーシップパイプライン」があります。ご存知の方も多いと思いますが、私にとっては人材育成における根幹をなし、それに関する本(※)をまさにバイブル的な位置づけで何度も読み返したものです。※詳しく確認されたい方は特に「リーダーを育てる会社つぶす会社 人材育成の方程式」(ラムチャラン/グロービス・マネジメント・インスティテュ著)という書籍がお薦めです。

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