人事のプロへ、私の成長ストーリー②「目指すは経営、大企業の中間管理職ではない」

 ソニーを離れる決断をしたことで、当時、想定していた以上に多くの経験、気づきを得ることができましたし、経営に貢献する人事という視点で見れば、一番の大きな気づきはプリミティブですが、やはり経営とは「厳しい」とリアルに実感できたことでした。職責を果たせなければ、目標達成に至らなければ、何が起こるのか明確に理解できましたし、若かりし頃は物事を右肩上がりでのみ考えていたことが音をたてて崩れていく、そんな現実を直視せざるを得ない状況に怖さを覚えたのもこのころからでした。結果的にベネッセを離れることになったのも、人事の責任者を担うからには、人事のプロを目指すからにはアップオアアウトを受け入れる覚悟をもつべきこと、そして何より自らの至らなさを強く認識したことが発端でした。こうして退職までの必要はなかったのでは、、と今でも言われますが、ベネッセでの人事部長は3年で終わりを迎え同時にベネッセを離れることになりました。

 実はベネッセを離れる決断をした背景にはもう1つ大きな要因があります。このころ社外の方との接点が増えてきたのは先にお伝えした通りですが、その中にベンチャー企業の社長を担われている方々がいらっしゃったのです。ITビジネスの黎明期でもありちょうど私と同世代ぐらいの方が多く、皆さんが社長をされていることに大いに刺激を受けたのですが、何よりも率直に言って自身よりもはるかに器が大きく見えたのでした。実は当時は自身も一部上場企業の部長職にあり、至らないとは思いつつもそれなりには頑張って成長してきたはず、との自負をもっていたのです。なぜその方々と比べると自らが小さな存在と見えてしまうのか、よく自問自答していたのですが、あるとき、はっと気づくことがありました。さりげなく「社員を路頭に迷わすわけには・・」というコメントを伺った時、経営を担う社長は自らの意思決定が一つ間違えば会社が倒産するかもしれない、そんなリスクと常に背中合わせで日々を過ごしていることをあらためて認識できたのです。自身に置き換えてみた場合、確かに部長として決裁書に印を押すことはありましたが、そのときに会社が倒産するまでのリスクを感じたことは悲しいかなただの一度もありませんでした。つまり社長とはまさに一国一城の主であるのに比し、私はといえば、部長といえども会社を本質的な意味で自らが支えているとの気概をもつには至っていない、これは単に大企業の中間管理職にすぎない(課長と部長の差は社長と比べれば誤差の範囲にすぎない)ということを悲しいかな痛感することになったのでした。価値の創出という観点で見ても、これまで私は素晴らしい会社にお世話になりその会社に相応のロイヤリティとともに誇りを抱いてきましたが、自身がよい会社と誇れるのは諸先輩方の努力の賜物であり、私は単にその土台の上に乗って仕事をさせていただいているにすぎないのでした。創業時の苦労や価値創出ができているかと問われれば、言うに及ばず足元にも及ばないことが、今更ながらようやく理解できたのでした。

 ではどうすれば同世代で社長を担っている方々に追いつけ追い越せができるのか、いろいろ思案してはみたものの、どれだけ考えても今の環境で同等のストレッチをする良案は浮かばず、最後はもうベンチャーやスタートアップの社長のそばで一緒に仕事をして体感するしかないのではないか、と考えるに至ったのでした。結果、次のステップとして、ベンチャー的な企業にお世話になることを決断し、そこでご縁を頂いたのがモバイルビジネスを手掛けていたITベンチャーのサイバードでありました。

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