当時のサイバードは創業して9年ほど、社員数は100名強という規模になっており、すでに創業期から成長期のステージに入っていましたが、サイバードに移ってから半年くらいでしょうか、私にとってはまさにカルチャーショックの連続でした。就業規則をゼロベースでつくる必要あり(過去に改訂した経験はありましたが、ほぼゼロから書き起こした経験はありませんでした)、採用広告を打っても人が全く集まらない(ソニーやベネッセでは考えられないレベルの集客)、労務問題に対して専門家の助けを得ることができない(専門家への相談コストをかける余裕がない)、容赦ないスケジュール/会議の設定(早朝や深夜のミーティング、しかも直前の設定はあたり前)、締め切りも準備期間なく3時間以内/今日中など、無理な設定が当然等々、経験を積み上げ人事のプロレベルに近づけていると思い込んでの転職でしたが、残念ながらまたも自身の力量不足を突きつけられた日々でした。なかでもスピード感のギャップは歴然たるものでした。IT業界に初めて身を置いたこともありますが、前職のソニーは業界ではスピード感がある会社のはずでしたが、IT業界(特にネット系)のスピード感の次元はこれまで私が経験してきたものとはまったく異なる次元にあったことは確かでした。
とはいえ人間とは不思議なもので、1年もするとそのような環境にも適応し始めます。当初は地に足がつかなかった、いきなりの要請や無茶振り的なことにも仰天してしまうことは減り「とりあえず自分でなんとかするしかない」とのマインドをもち、それなりには対応できるようになってきたのです。ただ仕事のクォリティを問われれば、正直、私個人がつくった制度やルールが土台になってしまうことも多く、質の面ではかなり低いと言わざるを得ませんでした。ソニーやベネッセ時代を思い起こせば、例えば専門家、コンサルの方々との協働や著名な大学の先生とご一緒させていただく等の機会が多々あり、また人やお金のリソースもベンチャー企業よりはるかに潤沢でしたので、私個人はある意味、高尚に物事を考えることにウェイトを置くことができていたように思います。ただサイバードに移ってからはそのような機会は激減してしまったことは言うまでもありません。やるなら自分で考え自ら実行(ハンズオン)するしかないのですから・・。しかしながら、そのような状況にあったにもかかわらず、経営に貢献できているのでは、との感覚を徐々に抱き始めることができたのもこの頃です。その理由としては、毎日毎日あたりまえのように経営を担う社長や役員と非常に密なコミュニケーションをはかり、時には侃々諤々の議論をしつつ、会社や組織のため、今、自分たちは何をすべきか、次に何をすべきかなど、を徹底的に話し、たとえクォリティは低かろうがとにかく実行に結びつける、そんなプロセスを繰り返し繰り返し推進するようになったからではないかと推察しています。
これらの経験を通じ(私なりの解釈ですが)、おそらく経営とは、あるべき姿を考え、現状とのギャップをきちんと見定め、少しでも早くそのギャップを埋めるべく、組織を動かす、もしくはリソースがなければ自ら躊躇なくハンズオンを行い、かつその結果にコミット、もし期待に至らなければ即改善策を講じる、このようなサイクルを回し続けることではないかと腹落ちするに至ります。もちろん世の経営者の方から見ればこれは極めて稚拙な表現かもしれません。ただ少なくとも当時の私自身の経営に関する認識のレベルが上がったことは間違いありませんでした。ベネッセを離れる際、何の確信も持てていませんでしたが、経営に貢献できる人事を目指すには、とりあえずその環境に身を投じるしかないと決断し、一歩踏み出したことは、またも私のキャリアにプラスをもたらしてくれたのだと考えています。(ちょうどこのころですが、恥ずかしながら陽明学の「知行合一」を知り、まさにその通りと手を打って一人うなずいたことを昨日のことのように思い出します)