人事のプロは「経営のメカニズム」を熟知する

経営に貢献する人事を目指すうえで、認識しておくべき要素の1つに「会社のメカニズム」があります。言うまでもなく会社とは社長や社員が個々に独立して動くのではなく、一定のルールや役割に則り組織をなして動くものですし、また組織の規模が大きくなればなるほどその仕組みはより複雑なものへと変化していきます。人事としても様々なアクションを具現化するため、適切なタイミングで適切な人や組織のコンセンサスを得ながら物事を進めていかなければなりません。

具体的には、会社における意思決定や承認は、誰が、どこで(取締役会、経営会議等)、どのように、そしてどの程度の時間を要するのか(いつまでに)、を念頭におき活動する必要がありますが、そのためには「定款」「取締役会規程」「決裁権限規程」など、一見、人事とは無関係に見えるようなルールも熟知しておくことが必要と私は考えています。さらには規程に加え会社法など法律そのものについてもポイントだけでも知っておくと非常に有効と思います。(もちろん法務や総務と同様の知識レベルまでは必要ないですが・・)

このような認識に至った発端は、私が幸運にもベネッセで執行役員制導入に携わったことがあります。当時は新たな執行役員の決裁権限をいくらまで許容すべきかという観点で社長をはじめとする取締役の面々が非常に時間をかけ何度も何度も議論していたのですが、その白熱ぶりが今でも目に焼きついています。そのときは執行役員の決裁可能額を従前の部長職の水準より大幅にアップ、つまり権限を拡大する方向で議論していたのですが、アップ額が小さいと執行役員制のインパクトは小さくなってしまい、抜擢する新任執行役員の迅速な意思決定はもとよりモチベーションや責任感向上、経営人材としての成長に寄与しません。一方で大きすぎる権限移譲はやはり会社にも相応のリスクが出てきてしまい、その狭間で最適な落としどころを探すべく議論が繰り返されていたのでした。確かに会社のガバナンスの重要な要素の1つは社長の権限を誰にどこまで(いかに)移譲するかですし、その巧拙が会社の意思決定やアクションの質とスピードに大きな影響を及ぼすことになるのですから、議論を尽くすべきは当然なのでしょう。

ちなみに私はいろいろな会社を渡り歩いてきましたので感じるのですが、決裁権限規程(権限表)は、各社で特徴が異なり面白いです。やはり経営方針を体現する1つの要素なのでしょう。いつの頃からでしょうか、私は転職した際、まず最初にこれらに目を通すようになりました。移譲されている権限が大きければ、その会社では役員やマネジメントに対しての信頼や期待が大きい、もしくは会社や人材の成熟度が高いと推定できますし、もし小さければ今後、組織としての成長を促すには、マネジメント人材の成長促進が人事のKFSになってくる、という仮説をもつことができます。

また昨今、人事としてとても重要性が高まっている領域として人事データベース、システムがあると考えています。環境変化が激しい今日、組織や人のアサインメントに対してスピード、フレキシビリティがこの上なく求められる時代となっていますが、そのような経営の要請に対して適切に応えていくためには人事データやシステムの在り方、運用の仕方はとても重要な要素となってきています。特に様々な人事施策がコスト面で適切にレビューできる状況にしておかないと、経営が適切な判断を行う上でボトルネックとなりかねません。私自身、自身の力量のなさゆえ、従前はコスト管理やシステムはファイナンスや情報システム部門に委ねてしまうことが多々ありましたが、あらためて経営のメカニズムの1つとしてその重要性を再認識し、昨今はその関連の書物を読んだりセミナーに参加したりと意識を高め、関係者ときちんと議論ができる素地をつくろうと尽力してくおります。

このように人事として経営のメカニズムを熟知することは大切ですし、それらを経営環境に応じいかにアレンジし活用していくか、経営に貢献する人事を目指すうえで勘案すべきオプション(経営の押しボタンと呼ぶ方もいらっしゃいます)の1つとして欠かせないものなのではないか、とあらためて感じさせられる今日この頃です。

人事に携わる方々はみな人事の専門性を身につけることにはとても熱心です。ただ人事の価値創出は専門性を活かし”会社を動かす”ことなのですから、会社のメカニズムを熟知することも同じレベル感で必要なことではないかと思います。私は人事部長になるまでその点をよく理解できていませんでしたが、経理や法務、総務、情報システム等のバックオフィス機能の連携は極めて重要です。個別のファンクションでばらばらと動いていては会社としての組織的な動きはきわめて脆弱となってしまいますし、だからこそ社長はバックオフィス内の連携、さらには事業サイドとバックオフィスのバランスに腐心されるのだと思います。これを社長だけが担う会社と人事をはじめバックオフィスの面々が認識し行動できている会社とでは組織の総合力の差は歴然とするでしょう。人事に携わる一人一人が会社のメカニズムを熟知して会社を動かす意識をもつこと、私は強い会社の必須条件と考えます。

<余談>会社規模が大きくなると組織はより複雑系となり、人や組織、ルール、そして時にはしきたり、慣習に至るまで様々なことに造詣を深めた方々が必須となってきます。ついてはスタートアップなど組織が一定規模以下(目安:100人)の会社を除けば、目指すべき方向、目標の達成に向け組織をタイムリーに、そしてスムーズに動かすことそのものに価値があります。おそらく皆さんの会社にも経営会議の事務局や総務などにおいて、会社のメカニズムや押しボタンについて知見がある方がいらっしゃり、プロジェクトなど何か事を動かすときにはあらかじめその方に相談しておく、ネゴしておくなどが必須となっているケースがあるのではないでしょうか。このような方々はいわゆる会社のプロと呼べるのかもしれませんが、過去に終身雇用的な人事制度が主体であった時の効用の1つとして、このように会社のことを熟知した人を安定的に生み出すことがあったようにも思います。昨今、このニーズは少しずつ低下しているようにも感じますが、とはいえ会社のプロ的な方々がいまなお多くの会社で一定レベル以上のパフォーマンスを発揮し続けていることは紛れのない事実です。しかしながら少なくとも人事のプロを目指す立場としては、たとえその会社での経験が浅くとも、決裁権限のようなガバナンスに関する情報にいち早く目を通し、組織のコンディションやそのメカニズムを把握、洞察し、少しでも早期に成果創出ができるよう臨むべきと考えています。

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