人事は社内マーケティング?

人事は社内マーケティングである。よく耳にする考え方であり、確かに社員を顧客と見たてればマーケティングと思えることは多々あります。実はその昔、私も一理あると自らもそのように語っていた時期がありました。ただ最近はその似て非なる部分について、きちんと意識しておかないと、マーケティング的な視点でよかれと思った取組みが、実は想定外に人や組織にネガティブな影響を与える、もしくはダメージの蓄積をもたらすことがあると慎重に考えるようになってきました。

人事の世界での昨今の潮流は、特にベンチャー的な企業を中心に、良いと思ったことはどんどんトライアンドエラーで取組み、ダメだったらすぐにとりやめ、また新たなトライを行うとのスタンスで人事施策を展開されている会社が増えているように感じます。まさしくマーケティング的な側面から捉えれば、とても理に叶った適切な施策展開と思います。私自身、このような取組みにはいつも刺激を受けていますし、このようなダイナミックで柔軟な発想が出てこない自分自身に危機感を持つことすら多々あります。

ただこのようなスタンスも、時にプラスの側面だけでなくマイナスの影響も加味する必要があるようです。実はこのように感じた背景は、あるベンチャー企業の若手社員と話したときに由来します。その若手が所属する会社では従来から社内コミュニケーションを活性化する取組みに積極的であり、公私問わず様々なイベントが企画され、それを促すための人事制度も整っていました。私もよくメディアを通じてそのことを目のあたりにしており、いつも敬意を表していました。にもかかわらず、その若手社員はそれをあまりポジティブに捉えていなかったのです。その社員のコメントはこうでした。「会社は目新しいことをやれば社員が喜ぶと思っている。当初はうれしかったけど、今はただのウケ狙いにしか思えない」かなり辛辣な言葉でしたので驚きましたが、この時、私は人事がマーケティング的な視点に立脚した際に生じる反作用の怖さを改めて感じたのでした。

基本的に社外へのマーケティング活動は、例えばシェア10%や20%の状況において、これをプラス数%するために最適なターゲティングを行い、その対象顧客に認知を促し、そして関心を高め最終的には自社の商品やサービスを購入したいと思っていただくために尽力します。言い換えるとターゲット外の顧客への影響は、それほど勘案する必要はないはずです。(もちろん昨今はSNS等での影響を勘案する必要は増えてきていますが・・)マーケティング活動はターゲットに対しての施策が成功すればシェア獲得の効果が現れ、一方でたとえ失敗しても失うものはあまりない(直接的にシェアを失うわけではない)、つまり基本的に加点法で考えればよいのでしょうが、こと社内での人事的な取組みに関しては、マーケティング的な要素はあるものの同様とはいかない気がします。

当然のごとく人事の活動は組織内に閉じたものがほとんどであり、ターゲットを定めたとしても、その影響は全社に及びます。ターゲット外の社員は、もし自分のプラスにならない施策に会社が取り組んでいると認知すれば、例えマイナスの要素はなくとも、結果的には不満を抱き、それは忘れ去られることなく蓄積されていくでしょう。「会社は何もわかっていない、何を考えているのだと・・」さらに気をつけなければならないのは、ターゲットと定めた社員ですら、施策のクォリティが不十分であればやはり不満を抱きかねないことです。そしてやはり怖いのは、ターゲットの如何に関わらず、不満は満足以上に様々な社内ネットワークを通じて想像を超える勢いで広がり増幅されることです。

そうです、トライアンドエラーでよかれと思うことに積極的に取り組むことは、マーケティング的な視点ではプラスのみでマイナス面はないように思えますが、実は時として不満の温床ともなりかねないことを人事としてはあらかじめ認識しておくべきと思います。うまくいっているように見えるのは、おそらく幸運にもマイナスよりもプラスの効果を多く出せているからであったり、もしくは人事施策以外の要素、例えば会社の業績が好調といった要素に負の側面が隠されているからで、実は見えないところで不満は少しずつ蓄積され、ひとたびマイナスがプラスを上回る状態になったとき、一気にそれが噴出してくるリスクを包含していることを忘れてはならないと思います。つまり人事は様々な取組みの際、加点法だけでなく減点法の視点も合わせ持つ必要があるのです。この点が一般的なマーケティングとは似て非なる部分と言えるのではないかと私は考えています。特に組織が大きくなればなるほどその複雑性は増し、効果のみならず反作用に関しても慎重な検討が必要となること然りです。

そもそも次から次へと施策を繰り出すのはもちろん社員のためでもあるでしょうが、経営の側からすれば社員のモチベーション維持、向上のためであり、また社員を飽きせない意図も二義的にあるよう推察します。これは実は組織が未成熟であることの裏返しとも言えるのではないでしょうか。組織の成熟度が増し自律した人材の構成比が高まれば、社員は人事施策に一喜一憂することはあまりなく、マーケティング的な取組みを繰り出すことで意図的に社員の意識を高め、モチベーションを担保する必要も無くなってきます。

その意味で、ベンチャー的な歴史の浅い企業の創業期から成長期にかけ組織が未成熟な状況においては、確かに人事は社内マーケティングと捉えた方が効果的なのかもしれません。一方で時間の経過とともに組織が拡大していく過程においては、社内マーケティングと捉えることの負の側面を慎重に見極める必要が出てきますので、やはり人事とマーケティングとは似て非なるものとの認識をあらかじめ持っておくべきなのでしょう。その上で成長ステージや組織のコンディションに応じて使い分けできるか否か、ここに人事としての腕の見せ所があると私は考えています。

今回は「人事は社内マーケティング?」とのテーマでコメントしましたが、キャッチーな部分を横におけば、そのこと自体、あまり本質的なことではないのかもしれません。本来的には、社員の仕事が充実し意欲的に取り組める状況さえ促せれば、極論ですが人事施策自体はいずれも些末なことであり、あえて次から次へと施策を繰り出さずとも社員は安定的にモチベーションを発揮し仕事に臨んでくれるものです。故に人事はマーケティング的にタイムリーにスピード感を持って取り組むことはもちろん大切ですが、その際にはプラスとマイナス双方の視点を併せ持ち、何よりも本質的にはセルフモチベートできる社員を育み、自律的な組織の醸成を目指し尽力すべき、と考える今日この頃です。

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